伊豆高原エリアのまちづくり趣意書

 令和3年4月よりスタートした第五次伊東市総合計画のもとで、より住みやすくまた住み続けたい伊豆高原、誰もが訪れたい伊豆高原を目指し、住民との協働を図りながら、いろいろな施策が今後実施されるものと考えます。
 こうした第五次伊東市総合計画の推進を受けて、伊豆高原エリアにおいても様々な住民団体がまちづくりへの参画に手を挙げています。私たちまちづくり連絡会は、そうした住民団体が、まちづくりに関する情報交換や意見交換を図りながら、まちづくりのための課題や施策を具体化していくことを目的とし、住民の手によるまちづくり推進組織として令和3年5月に設立しました。
 まちづくり連絡会は、これまでに伊豆高原エリアのまちづくりに関する様々な意見や要望を集約しながら、こうした意見・要望をベースにして、第五次伊東市総合計画の施策の柱に沿って、住民要望を実現すべく取り組んできました。
 伊豆半島は、その特異な生成過程から半島全体が日本でも有数のジオパークを形成しており、毎年多くの人が訪れています。伊豆高原には、有名なジオサイトとして大室山や城ケ崎海岸があります。伊豆高原は首都圏の近くにありながら、ジオサイトのみならず、豊富な自然が残っています。人は、伊豆高原の緑豊かな山や目の前に広がる伊豆七島をはじめとする海の景観に癒され、また海の幸・山の幸も豊富で、温暖な気候と相まって、非常に住みやすい土地として多くの人に知られています。
 しかし、伊豆高原が知られるようになったのは意外と新しく、伊豆急行線が昭和36年に開通してからのことです。昭和40年以降別荘開発が進み保養地として人気を集めてきましたが、平成に入ってからは伊東市外からの流入人口が増え、定住者も増加してきました。伊豆高原は、観光客に加え、古くから住んでいる人たち、市外からの移住者や保養地として利用する人など、多様な人々に受け入れられる土地になっています。観光地・保養地としての非日常性と定住者の日常性が共存する土地になっています。また、八幡宮来宮神社をはじめ古来からの歴史を有している土地でもあります。さらに多くの芸術家にも愛され、長年開催されてきたアートフェスティバル(現・五月祭)に象徴されるように、身近にアートに触れることができる文化の薫り高い土地として、単なる保養地を超えた存在になっています。
 このような伊豆高原のまちづくりにあっては、伊豆高原の特徴を維持するうえでも自然環境保全は重要なファクターになります。豊かな自然を大きな財産とするまちづくりを進めていかねばなりません。それは伊豆高原に都会を演出するのではなく、人を主人公として、人と人のつながり、人の温かみを感じることのできる、豊かな自然に包まれたまちづくりを演出しなければなりません。しかし少子高齢化のもとでは、こうした社会を構築するうえで、人の力に加えて、デジタル技術を活用することが重要になっています。たとえば、自動運転等の公共交通システムの構築による買い物や医療介護施設への訪問サポート、住民や観光客保養者への様々な情報提供、新たな産業立地、新産業や観光事業等による生産人口の定住化などは、最新のデジタル技術の応用によらねば実現できません。社会を支える仕組みはデジタル化し、表面に見える部分は「人の顔の見える」「人にやさしい」まちを作ることが、伊豆高原の特性を生かしたまちづくりになると確信しています。
 また、いつまでも住み続けることのできるまちづくりのためには、「ゆりかごから墓場まで」ということで、子育て環境の整備、公園や小集会場等の地域の人が交流できる場の設置、医療・福祉サービスにあっては施設のみならず共助のサポート体制を住民の間に確立していくこと、観光業や農漁業商業や新たなソフト産業などの地元の産業連関を効率的に形成していくこと、などが必要です。
 以上のような伊豆高原エリアのまちづくりを進めるにあたり、私たちはまちづくり連絡会を母体として伊豆高原エリアまちづくり推進協議会を令和4年10月に立ち上げました。まちづくり施策の推進実行にあっては、まちづくりの全体観を共有する中で個々のプロジェクトを実現させていくという、できることからやっていくという進め方を考えています。こうしたまちづくりのベースとなるのは、伊東市の第五次総合計画であり、国のデジタル田園都市構想であり、静岡県のスーパー特区構想-伊豆デジタルガーデンシティ構想です。伊豆高原エリアまちづくり協議会は、政官民の力を合わせ、市や県、国の施策のもとに伊豆高原エリアのまちづくりを進めていきます。

伊豆高原エリアまちづくり協議会
会長 花房義明